これは私が香川の国立善通寺病院(現:四国こどもとおとなの医療センター)に勤務していた頃の話です。 心リハビリテーションを始める前は、「面倒だ」「仕事が増える」と思い、心臓外科部長からの指示に足を踏みとどまっていた私ですが、最初に部長の手助けもあり、順調に「入院だけでなく外来部門」も開設ができ、今思えば、なぜすぐにしなかったのだろう、とすら思います。 私は循環器内科医を主な生業としていますので、抗がん剤治療に関しては「経験がない」「専門外だから責任は取りたくない」ということは通常ですが、今でも私のメンターである、内科全般の医師の手助けもあり、超がつくほどの悪性腫瘍の、テラトーマの症例を患者さんとご家族からのご指名もあり責任を持って抗がん剤治療を施行し、縮小した腫瘍を外科医に摘出して治療をすることができ、その経過でさまざまなことが経験でき、診療の幅が100倍広がった、と思います。何より患者さんの悪性腫瘍を取り切れたことが一番重要なことです。 また呼吸器内科医が不在になった時は、外科医が手術などで手が開けれない時以外でも、気管支鏡での吸痰を私が担当するようになりました。 痰による誤嚥性肺炎の治療に貢献できる経験を指導もありましたが主に独学で安全に配慮してできるようになりました。 救急外来で髄膜炎かもしれない症例に直面したときは、診断について教えてもらいながら修学し、死亡の可能性が極めて高いヘルペス性髄膜炎(脳炎になるので)を診断できました。
題名にある英語の言葉は、アメリカの実業家ヘンリー・フォードが残した言葉で、
日本語訳にすると「あら探しをするより改善策を見つけよ。不平不満など誰でも言える」になります。
日本でも同じような言葉で、「やらない理由を探すより、できる理由を探す」というのがありますよね。
もし腕組んでただ指をくわえているだけの人がいるなら、言い訳を並べている時間に世界は変わりません。 (実際にそういう人は 医師25年の経験の中、何人もいて、成長が全くないな、という人を多く見てきました)
サポート体制があってこそ、未経験の領域にも安心して挑戦できると思っています。
もちろん技量や設備が追いつかないと判断すれば手を出さない判断は患者さんの不利益になるので必要です。
行動を始められるように支え、学べる環境をつくる。それが医療の現場を強くする近道だと私は信じています。