お薬は足りてますでしょうか? 例えば、脳梗塞を起こさないように必ず毎日飲まなければいけない薬や、心筋梗塞を起こして、ステント治療を行っているのに、血をサラサラにする薬が足らなくなっている、また、血圧の薬に関してもそうです。

糖尿病の薬もそうです。

コレステロールの薬を3日忘れたからどうとなるわけは、普通の方ではありませんが、大きな病院では、必ず飲んでいないと、コレステロールの塊がどんどんと血管から剥がれてしまう場合で内服している時は危険です。

とりあえず、明日(金曜日)は、当院は午後の5時まで受け付けていますので、何かありましたら、来院されてください。

当院では、12月にしか1回目を打てなかった子供さんのためにも、1月末までは、インフルエンザ予防接種を(成人にもですが)うけることができるようにしております。

 

 

インフルエンザの検査キットで陰性でも、「症状や周囲の状況で診断しないといけない」とされていますが、私はインフルエンザかどうかは咽頭をみて判断がだいたいできます。 論文にしようと思ったところ、後輩の日本でも珍しい感染症専門医(昨年はロンドンに留学中だった)から、その所見はすでに日本の北海道の開業医の先生からでていますよ。 と、言われ、自分の無知を知りました(ただ感染症内科医が知っている、というだけで、通常診療の医師はまず知らないこと、感染症専門でもないのにそこにたどり着いたことは、後輩から褒められました) そこで終わらず、私はまだ論文にできていませんが、「絶対にインフルエンザではない」という咽頭の所見を発見しました。 陰性所見という奴ですね。 このインフルエンザキット、症状や状況、さらに上記の2つの所見で当院ではインフルエンザかどうかを診断しているのです。 しかしなかなか陰性所見はでてくれません。 それが咽頭でみられ、インフルエンザだった例は昨年1件もなかった所見です。
さて、今日は昼休みに1つ論文をみました。 メイヨー大学がミネソタ州の平均寿命と心臓病(心筋梗塞)の方の平均寿命を合わせた表に、「心臓リハビリ」を受けると平均寿命が、心臓病がなかった人と同じになる、というあまりにも有名な論文、、、ではなく、それが発表される前後の論文です。 意外と「心臓リハビリ」には予後改善効果がなく、QOL(生活の質)を向上させる、という論文が多いのです。 そのあまりにもショッキングな「良い」論文はおそらく消えるでしょう。 論文自体にどんなリハビリが良かったか、どのくらい続けたかなど書かれておらず、私が本日、香川県のとある先輩医師から心臓リハビリや心不全の講演を頼まれたのですが、最近の講演でそのメイヨー大学の論文を使う医師もいないと思います。 恥ずかしいからです。 自分自身、心臓リハビリに関わって10年近くになりますが、確かに予後をよくするというか、悪い人を早めにpick upできる、またsuper responderといって、相当効果がある人、のどちらかだな、と思っています。 あとは、している方が、していないより、10年では生存率などはわかりませんが、健康寿命は良いだろうな、とは思いますし、そういった短期間の論文はたくさんでいます。
さて、私はout put型の人間でありたいと思っています。 そのためにはこういったinputも非常に大事なのです。 余計な労力で、私自身を疲れさせて、診療の質を落とさないように、と日々思っていますし、人間は他人との関わりの中で生きているのである程度仕方のないこともあるかと思いながら、嬉しいニュースや、みていて面白い論文や、自分の発表のアイデアを、まとわりついてくる嫌な感情を無視し、暇な人って結構いるなぁと、って全然羨ましくないのですが(笑)、全力で毎日を働きたい、と思っています。

「貴方」の考え方には様々なものがあり、がん検査をうけることで、何もなければ検査代が無駄になるので絶対にうけない、もしくは、何か見つかった時に治療が早期にできるので、必ずうける。という極端な考え方も「アリ」です。

一方で、もしかしたらガンがみつかるかもしれないので、医師に言われた感覚で検査をしていく、という考え方が、今の主流でしょう。

後者は実は、医師でも検査を受ける側でも、最も「後悔しない」確率論なのです。

医療は日々進化し続けます。 極端な考え方も年齢や信念でいいと思います。 ただ、時代時代にそった、医療をうけることが、後悔する確率が減る、ということになります。

高血圧の治療についても、心臓リハビリテーションをうけることについてもそうです。 自分でできるから参加しない、は実は極論であり、冬になり、心臓超音波検査をすると、心臓肥大になってしまっていたり、心臓の機能が悪くなってしまって、あわてて治療をうけたり、リハビリに参加する、という後悔が少ない方が良いとされています。

私が診察中に気を使っていることに、患者さんを待たせないこと、があります。 患者さんの健康寿命を延ばす、と言う医者はいても、「有効寿命」を延ばすと言った(書いた)のは、私がおそらく初めてじゃないでしょうか? 聞いたこともない言葉です。 今、私が作りました。 患者さんを待たせて当然→人の時間を無駄にしている、と考えないと、「健康のために歩いてね」と言っても、「待たされた時間で何千歩もあるけるな」と考える人がいてもおかしくないな、と思います。。 なので物理的に無理な待ち時間は仕方ないとしても、色々と工夫をして、待ち時間を減らすようにしてきましたし、いまもしています。 おそらくスタッフの考えで、開院当初と比較しても、待ち時間は随分減ったと思います。
そのためには、私自身も、「その方法いいですね」や、「こうしてみたら」という意見に対して「わかった、一回してみよう」と柔軟に対応しないと、せっかく出してくれたアイデアも無駄になります。
さて、スタッフにも私にも有効寿命があるのは、ご存知でしょうか? 患者さんにとっては別段関係ないことだと思いますが、病院や診療所内では大事なことだと私は思います。 とある大病院で、手術を昼過ぎからして、20時までかかるのが当然となっていたのを、ある若手の医師が、「手術を午前中からしましょう」というイノベーションを起こし、その手術に関わるスタッフの有効寿命は格段に伸びたという話を聞きました。 偉いのは、聞き入れ、実行した手術する年上の医師だとも言えます。「バカと付き合うな」というベストセラーの本があります。 どの職場にも必ずイノベーションを嫌がる人がいるそうです。 古い考え方が悪いと言いたいわけではありません。 私もどちらかと言うと、親しき中にも礼儀あり、と思うし、古い考え方の人間だと思います。 ただそれでは、イノベーションは起こせません。 インターネットの時代になってから25年くらい経つのではないでしょうか? 研究会もわざわざ講師に来てもらうのではなく、ネットで配信される時代になりました。 院内の決まりごとを決めるのに、有効寿命を短くして(させて)、効率の悪いことはしない方がいい、と私は思いますが、「じゃあ、それでやってみようか」と一歩進む組織にならないと、時代に置いてきぼりにされてしまうでしょう。

しかし、人生無駄なことに従わなければならない理不尽があることも知っています、もういい年ですから。 でも私はそういうときは「俺ってアホだなぁ」と思いながら、人生の貴重な時間を食い潰される感覚で生きています。 なので自分が感じた嫌な思いは他人にはさせたくないのが人情です。 誰が正しいかなどは、ありません。 私が間違っているかもしれません。 しかし、「してみないとわからない」ことばかりの世の中に変わってきている、と強く感じる日々を送っています。 、、、こんな簡単なことに、、、この時間に論文一つ読めたな、、、 と思いながら、その時間を今後も過ごす日々も社会人ならみんなあるのでしょうね。

私が医学生になった時に、父親は今の私より5歳くらい年上でしたが、福田心臓・消化器内科を開業しました。 当時の忘年会の写真をみると職員10人に満たないat homeな感じで忘年会が行われていました。

医療法人となり、また、グループとして、社会福祉法人なども手がけるようになり、忘年会は、日本で初めて心臓内科という言葉を作った父親らしく、希望からとった「望年会」となって、結構盛大に行われます。

こういった大きな忘年会は、良い面も悪い面もあるかと思いますが、グループ内で他の職場の人と顔をあわすのにはもってこいの、会だと思います。 飲みニケーションとしては、悪くない、と思います。 3時間くらいあるので、どこかの時間で、仕事の話をしてもいいし、雑談をしてもいいし、と思います。

私自身は友人との忘年会を控えながら、執筆業に追われる毎日です。 これは相当な根気のいることで、論文の執筆も大変ですが、それ以上に、他業種との絡みもあるので、皆さんが思っているより大変な作業を、1つの本を作るのに労力がかかっています。 かなり過酷です。 以前2冊書いた時は、それこそ、ほぼメールでのやりとり、時にはfacetimeといった顔を合わせながら話しをする、ということを高知、東京間でしていました。 契約と、出版記念、留学から帰ってきた時の2冊目が出版された時に出版社のCEOや編集者とお会いしただけです。 出版社のCEOなどは忙しくて時間がないので、会える時間は、その方が出席するパーティーに一緒に連れて行ってもらった、あとの2次会などで話しをしていました。 私自身は、そういった、非常に大事な事でも、メールで契約までもっていけたので、どうしても契約時は会わないといけない、ただしお互い時間がない、ということで、すり合わせに非常に難渋した経験もあります。 私はちなみに日帰りで、昼間の東京駅「丸ビル」のカフェで1時間で終わり、最終便で高知に帰りました。

今は忘年会は顔をあわす貴重な時間だと思います。 それ以外だと、違う機会をもたないといけない場合もあるかと思います。