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一宮きずなクリニック

しかも歯科医は、内科的な要素、診断もするわけです。 腕がいいかどうかも見た目でわかるわけなので、もう一度行くかどうかも「痛みがない(もしくは気を使ってくれる)」「綺麗になおった」で決まっていると思います。 私は「説明が多い」ほど歯医者は名医だと思っています。

あと、私自身は実は抜歯などのような血がでる処置、と分かっていれば、嫌気性菌に効果のある抗生剤を処置の2時間前に、ついでにロキソニンも飲んでから言っています。 抗生剤が最も効く時間帯は2時間後くらいからです。 直前で飲んでも意味がありません(点滴なら良いのですが)

歯科医にいかれる方は、心臓の弁膜症があれば絶対に(弁膜症にもよりますが)、そうでなくても抗生剤が必要な場合は最も効く時間に飲んでいくことをお勧め致します。

私が歯科医なら、「次回来る時の2時間前に飲んでください」と言って、抗生剤を渡すと思います。


院長ブログはほぼ毎日更新されています(書きだめしているものもあります)し、その他に著書やその他の書き物を毎日しています。

ここ数ヶ月、刊行されている読み物を読んでいて、「普段から文章を書いていると、書き手の心境がわかる」という能力、スキルが身についたな、と感じています。 私が毎日のように書いているブログにも、当然ながらその時の心境が投影されています。

そのため、たまに書く(日記ではなく、数ヶ月に1回人にみせる文章)人はその境地に達してないと感じました。

文章は、自分の意見を感情的に書くか、客観的な視点から書く、もしくは客観性のあることだけを書く(そこに自身の客観性のある私見を付け加える)、の3つに大別されます。

自分の意見を感情的に書く場合は注意が必要だと感じた文章をみることが多くなりました。 もうすこしブログよりも刊行物として残るものであるので、「きちんと」した文章で書けばその刊行物のレベルが上がるのに、というやや稚拙に感じる文章で、読み手を不快にさせる文章で残念な文章が多いと感じました。

相手がどう思うか、を考えながら文章は書かないといけないな、と思った反面教師の文章が続き、そこから学ぶことは多いと感じた次第です。 (書き手に対してどう、とかではなく、文章から心理状態が見透かされていることを書き手がわかってないな、と思う文章です。 おそらく読み手は何かしら違和感を覚える文章です。 そういった内容で、「なぜ、そういったことを書くのだろう? あとあと残る紙ベースのものなのに、自分で昇華できないのだろうか?」という文章だと感じることがわからないのかも知れません。 消すことはできないのですから)


新聞の広告の欄を見た方もおられると思いますが、「アーク歯科」の北村先生が書いていました。 私もクリニックで言っています。 なぜか口をあける(マスクを着用しない)治療、などが原因なのか、歯科医にしばらくコロナの時期はかからないように自粛、というわけのわからない不文律があるようですが、「思いっきり逆」です。

もちろん、感染症対策をしている歯科クリニックにかかることが前提ですが、コロナの時期だからこそ、虫歯や歯周病といった、慢性の病気、つまり高血圧のような病気は通院しないといけません。 虫歯が多く、歯周病が悪い人は感染症にかかりやすく、さらに心筋梗塞などの病気を発症しやすいことが証明されています。

どういった経緯で「自粛を」となったか不明ですが、信頼できるかかりつけの歯科医のもと、治療を続けるべきです。


循環器科、消化器科、内分泌内科、呼吸器科 の 4つに分けるとする。 他にも腎臓内科、神経内科、血液内科があるので7つと言えなくもないが、圧倒的に前4つに属する医師が多い。 ドラゴン・クエストというゲームをご存知だろうか? 私はVIあたりまでした記憶があるがそれ以降はしていないと思う。 さて、戦士や武道家などを循環器科や消化器科とすると、魔法使いや僧侶は内分泌内科や呼吸器科にあたる。 腎臓内科や神経内科も後者だろう。 緊急の案件が多いのが前者で、緊急は少ないのが後者とも言えるし、手技が多いのが前者、じっくりいろんな検査をしていくのが後者とも言える。 大病院ではどのかも大事だが、緊急を要する疾患といえば、胸痛、腹痛であろう。 なので最終拠点病院であるためには循環器科と消化器科が重要である。 最近は臓器別といって、大学の医局も民間と同じく循環器内科などと名乗るようになったが、以前は第二内科などと名乗ることも多かった(ちなみに高知大学医学部付属病院はいまだに第○内科であり、わかりにくく思わないだろうか?) さて、私が京都日赤で研修した後、実家で往診などを経験した後に(ここまでで既にこういった経歴が非常に珍しい)、後に高知で働くのになぜ徳島大学へ入局を決めたかというと、当時の徳島大学の第二内科は47都道府県のあらゆる医科大学のうち、唯一無二の「循環器科・消化器科」の戦士と武道家があわさなった科であったからである。 ちなみに、当時は高知医大が歴史が浅く、市内の大きな病院は徳島大学や岡山大学の医師が帰って来て働いている、という事実もあったが、それ以上に2つを同時に学べることは非常に魅力的だった。 徳島では「胃腸科内科・循環器科」などが普通にあるのはこのためである。 胃カメラやすい臓がんを見ながら、心臓カテーテル検査をすることが普通になることは、循環器内科医は腹痛に弱く、消化器内科医は胸痛に弱い、という弱点を補うためである。 ただしそのためには人の倍働かないといけない。 中途半端がもっともいけない。 そのため、循環器を軸に最終拠点病院である、国立善通寺病院ではありとあらゆる症例(患者さん)をみまくった。 1年で受け持った入院は700人を2年目でこした(850人を超す人がいたが、常に同じ人が入退院を繰り返していたので、その医師は少し別格とすると、3位の300-400人を考えると圧倒的に多い) それでいて、内訳は循環器が半分で他は消化器、糖尿病、甲状腺などの内分泌疾患、呼吸器科、神経内科(髄膜炎、パーキンソン病など)、ついには血液内科で急性白血病以外は一人だけなどではなく、最終的には自分一人で主治医をするまでになった。 これはその病院で「心エコー検査」が一番、という突破口があったので、その取引で他の疾患も見えるようになったのである。 放射線科の読影技術や「頭痛」や「脳梗塞」に対応できるように髄液検査などの手技も一人でやっていた。 1年間で人の倍を見るわけなので、集中治療室が私の患者さんだけで埋まったこともあった。 押し付けられるわけではなく、自発的にみる姿勢で勉強し、科の垣根を超えて指導してもらったことも大きかった。 そんななか、世界初の「循環器疾患で入院した後に、糖尿病の気があるため、免疫力が低下しているため、癌が隠れていることがあり、それが育って5年間で22%の癌が早期でみつかる」という論文に繋がった。 なんでも世界初はすごいことだと思っている。 その前にも、心臓の機能を4つの線(図)だけで説明する、というコンセプトの著書を出したが、未だに真似されることはあっても、さすがにそっくりそのまま、は著作権があるので用いられず、沖縄の有名病院で教科書として使われている。 「特許」の貧血チェッカーも、どの教科書や論文にも載ってない、世界初の発明である。 常に動いてないと時代を動かせないし、ただの循環器のエコーを得意とした、消化器内科や糖尿病もみえる町医者、という枠組みにされるのが嫌というのはある。 どの分野でも、このことにかけては負けない、という強みを持っていたいと思っている。 疑問に思ったことは夜間も気が抜けない勤務医時代(勤務医の忙しさにも雲泥の差があるが、楽な病院で働いたことがないので、一度働いて見たい、給料は楽な病院の方がいいのである、このカラクリはまた)と違い、自宅(やクリニック内)でそのままにせず、勉強をよりできる時間があるのがいい。 ただし、かなり多くの医師がおらず、図書館なども充実していないため、近森病院の図書館に出入りできるようにお願いしたほどである。 今年の4月までは時間が全くなかったが、今後はそういった施設も利用できそうである。 そういった勉強の楽しみはつきない。


先日、少し歳の離れた医療関係者ではない従兄弟と話していて、「内科と外科で開業はどっちがしやすいのか?」「専門医にも差がないのか?」という基本的な質問をうけた。 本音をいうと、開業しやすいのは内科で、外科でも整形外科や眼科、耳鼻科は開業しやすい科であると思う。 例えば、外科医は大きな病院で研鑽中でも、「すでに診断がついたもの」を治療する役割だからである。 純粋な「消化器内科」と、外科の医師はプライドもあるのかどうか私には不明だが、「消化器科・外科」と標榜する傾向があるので判りやすい。 開業した時点で「診断」の経験を積むのでやや不利なのかな、とも思っている(全然そうでもない医師もいるので難しい) 専門医は各学会が人集めのため、専門医を乱発するので「今は逆に意味がないな」と思っている。 もちろん勉強しないと取れない専門医もあるが、開業してしまうと、その維持が非常に難しく「学会のため診療を休みます」ということになるのだが、大病院では代わりの医者が外来を務めるのだが、開業するとそういうわけにはいかないからである。 既得利権もあり、年寄りの医師は優遇される傾向にある。 他県でえた資格も県が変わればダメということもあったりする。 もろに既得利権者が考えそうであるが、高知県もそういった科があるのも事実である。 医療だけではないのかもしれない。 他の業種でもあることかもしれない。 その辺は働いてみないとわからないことなのかもしれない。 声を上げにくいし、歳をとるほど、既得利権があるため声をださない場合が多いように感じている。 高知県では30歳から50歳未満の医師が非常に少なく、また私は人のことが言えないが、最終拠点病院での勤務が非常に少ない。 そうなると教える医師である年代の医師が少なくなるので、現場は疲弊し悪循環に陥ってしまう。 医師の数を増やしても、内科や外科になる医師が少ないのであれば、意味がない。


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