私自身は、気の合う友人や仕事付き合いで飲むのは良いことだと思いますし、そこでまとまる話があっても良いと思います。 ただ、酒の力をかりて、酔った勢いや、接待みたいな感じで商談をすすめて、仲が良くなるわけがない、と、思っています。 また、米国では毎日、個人面談があり、いわゆる、ボスとの1対1のミーティングなのですが、ほぼchat(雑談)で物事が進んでいました。 しかし週一回の本格的なmeetingでは他のlaboも参加することがあり、絶対に発表しなければならないため、英語が苦痛でしたが、あれがないと留学した意味はなかったな、とも思います。 さてボスの自宅に招かれたりしますが、そこで仕事の話はしませんしされません。 プライベートですので。 ただ、楽しくできているか、人間関係はどうなのか、などの話はでます。 心臓リハビリでは、週に一回多職種でのミーティングが推奨されていますが、私は推奨しません(笑) 大きな病院で、時間があればすれば良いだけで、診療所レベルではそれこそ雑談ですむことを仰々しくするのは、参加する人の疲労がたまる一方で、聞くだけでも無駄な時間も発生している場合や、用意するのにも時間がかかります。 私は今の診療所で勉強会をするときは、10分程度で、昼休みにランチを食べながら(実際には皆んな真剣に聞いて、その後食事を、となってしまってますが、できれば食べながら聞いてもらいたい)、月一回のミーティングも、出来るだけ短く、そして必ず昼休みの最初にすまします。
月刊「血圧」のインタヴューを受けた昨年は、人の倍働けば、人の倍の経験が積めると思った、と言いました。 要は、働き方は、個人個人で決めるべきだと思います。 自分が遅くまで残って勉強したいと思えばすれば良いし、上司が残っているから残る、や、時間外の勉強会などは参加したい人だけが参加するべきで、留学時でも、優秀な研究者や医師ほど早く帰る傾向がありました。 家で勉強する人もいるでしょう。 ミーティングにミーティング、疲れませんか? それよりも、メールでできることはパッとして、どうしても顔をあわせるなら、skypeを使えば良いのです。 もちろん実際に会わないとその人の人格などがわからないこともあるでしょうし伝わりづらいこともあることには同意します。 しかしできるだけ、私は職員を束縛したくない、と思います。 例えそれが10分でも。 人生は有限なので、寿命を縮められたくないでしょう? そんな思いです。 自己満足のミーティングにならないように、来年度もしていこうと思っていますし、普段から雑談でこうしよう、こうすればよかった、と話していれば、ミーティングの時間は格段に短くなります。 普段が大事なのです。 さらに人間関係は距離感が大事です。 なんでもミーティングが良いわけではないことを、善通寺病院で知りました。 意味のない集まりがあり、医長がでても仕方がない、それこそ、メールで全員に一斉配信して、大事な部分に赤を引く、などの方が効率的です。 めちゃくちゃ忙しい時に、1時間近いミーティングに出させられ、ピッチもピリピリとなり、ストレス溜まりまくりでした。 人に時間を盗られたくない、と皆んなが思っているのではないでしょうか? 

ドイツ語では指標という意味で、日本語でもある一定以上の医者は、普通につかいます(英語ではランドマークとなります) 母校の獨協医科大学では、「最初に研修するには循環器内科がいい。 その理由は心不全という疾患にメルクマールが多いからだ」と習いました。 体重、症状、血液検査所見、心エコー所見などなど、研修医は悪くなった患者さんをうけもち、よくなったから退院、ということをするのですが、これは外来にも通じるところがあるのでまずは入院患者さんを担当するのがいい、と私も思います。

さて、入院時にメルクマールは決定し、その後患者さんの状態にあわせ、メルクマールは変更する場合もあります。

これは基本中の基本で、私は医師になった京都日赤で教わったので、医学生の頃から知っていればと思い、著書に書いたものでした。

医師だけではありませんよね。 この考え方は心臓リハビリにも通じたり、看護師の申し送りにもどこどこが悪い、よくなっている、など考え方が通ずるものだと思います。

しかしなによりも大事なのは、相談、連絡、報告の順番を間違えないことです(ほうれんそう、の順番は間違いで、自身の上司にまずは相談してから、何をするかを提案するべき、と私は考えます。 そうしないと非合理的にどうしてもなります。 自分の考え方・感情だけで物事を決めず、上司に相談してから、が時間のロスが少ない、いい組織だったと思います。 米国では、(先に)こうしました、などはとても言えませんでしたし、自分自身もまずは自分の直接の上司に相談してから、物事を進めたほうが確実に合理的です)

これは日本ではよく順番を間違える方が多いので、おかしなことに多々なるな、と思っていながら我慢して仕事をしています。 そして患者さんを治すんだ、という気構えがないと医療従事者としては苦しいだけで、単なる仕事、と割り切ってるな、と思う人も多々います。 あとは、米国では差別、日本では、言いたくない言葉ですが、陰湿ないじめ、があることもここで述べておきます。 米国でもイジメはあるのでしょうが、社会人になると極端にすくなくなって、差別が多くなる、という印象でした。 ここでいう差別は人種差別だけではありません。 貧富の差など、様々でした。
何かいいのか何がわるいのか、難しいことですが、私は、患者さんが一番良い方法で良くなること、を目指したいと思っています。

という記事が、プレジデント、という雑誌(当院には必ず最新号を置いています、私自身が読みたいと思う本を置くようにしています)に掲載されていました。

いい病院だ、と思っても、紹介をするときに、誰でも構わない、という紹介状だと、人気のある腕のいい良い医者に当たらず、人気のない暇な医者が担当になる、という記事です。 これは、的を得ていると思います。 おそらく医療関係者のなかでも医師の本音を取材して書いた記事だと思われます。

緊急の場合以外では、信用できる医師への紹介を当院では心がけています。

腕のいい医師、とは、治療や検査を「情熱」をもって、確かな知識を駆使して診療する医師だと、私は思っています。 医師は「情熱」が非常に大事です。

そういう疾患に「ならない」わけではありません。 確率を下げる、ということをしているのです。
そこで頸動脈エコーは非常に大事です。 頸動脈エコーで、動脈硬化がひどければ、血管は全身つながっているので。心臓を栄養する冠動脈や、脳の血管にも動脈硬化はある、と考えていただいた方がいいでしょう。

つまり、血圧、悪玉コレステロール(LDL)の管理がよくても、頸動脈エコーで動脈硬化所見があれば、治療(食生活だけの場合も含めて)の介入が必要なことが多いと、根拠をもって私は考えます。
血圧、高脂血症を治療していて、中性脂肪が少々高くてもいいでしょう、は少し前の考え方です(私も心臓カテーテル治療をしているときはLDLにのみ固執していましたが、時代は変わって来ました) 要は、高脂血症=(LDL)だけを下げればいい、という考え方は以前は問題なかったのですが、患者さんの年齢、他の疾患のリスクを考えてえると、栄養指導や中性脂肪(、時には尿酸をも)を下げるといった、「脂質異常症」という考え方を持たないといけないと、されています。

例えば、いくらLDLを下げても、中性脂肪(TG) が高ければ、LDLよりもタチの悪い、VLDL(悪玉コレステロール(LDL )よりも小さくて、血管内に入り込み動脈硬化を起こす)が増えるというエビデンス(医学的根拠)があるのです。
私は、薬屋ではなく医師ですので、できるだけ脳梗塞や心筋梗塞になってほしくない、という思いで事実を述べているので、ご納得いただけないのなら、それはその人の考え方なので、いいと思っています。 が、ただ、危ない所見、検査結果があるのに、それを伝えないのは、医師の罪だと思っています。 あくまで治療を決めるのは患者さんですが、情報を聞かないと決めれませんよね?

ひとつ、大前提として例をあげると、

内科:診断する

外科:治療する

とします。 大きな間違いもあるかもしれませんが、そう仮定した場合、

前者は、内科の仕事、後者は外科の仕事なのです。

この仮定だけでいくと、後者は診断がきまっているので、する治療も決まっている、ということになりますが、

トラブルシューティングはありえるので、経験値がものをいうわけです。

その経験は、もちろん、診断の経験値です。

つまり、責任をもたず見学だけで開業することの恐ろしさ、です。

私が、経験せずに心リハを開業することは絶対にないでしょう。 それは、心リハは奥が深いから、です。

心リハが好き、興味がある、ハマった(患者さんがよくなった瞬間)を「診断」してないと、

もし開業して心リハをしても、「これで良いのかな?」と心配性な私は思うことでしょう。

「心配性な人ほど生き残る」という格言がありますが、心配性な医師のもとで心リハをした方がいい、となりませんか?

学会の、流行らせたい、企業をからめてほしい(心リハには薬がからまないので、スポンサーが学会にはないので

無床診療所でしてほしい、のです)という、魂胆が見え隠れするというか、そういっているとしか私には聞こえません。

それに乗るか、自分で考えて乗らずに研鑽するか、非常に大事なことです。