まず、本当に風邪(ウイルス性咽頭炎)なのかどうか不明です。 風邪(の症状)が最も難しい という格言もあります。
患者さんを見もしないで、「風邪は寝てればなおる」で処方をしない医師もいますが、ヤブ医者以下の医療関係者としてもかかりたくない医師です。
今現在、気管支炎になりかけなのか? また背景に心疾患があったり、血圧がかなり高かったりする場合は、その咳は心不全によるものかもしれませんし、喘息かもしれません。
最も悪い病気を考えながら、残ったものが風邪、という診断方法が最善かつ最高だと思っています。

経済を活性化させる、ということでは非常に重要だと思っています。

医療をしているものとしては、Go Toは絶対にコロナ感染者を増やすと思っています。

高知県は「Go To」を推奨する立場のようですが、規制を強めるなどしないと、連休もあるので「無策」だと思います。

連休はわかっていることなので、せめて「慎重な判断と行動をお願いする」と声明を出すべきだと思いますが、、、

以前から高知県はコロナに無頓着です。 民間に丸投げで、県ですることが少なすぎます。

今現在感染者が少ない、けども今後のことを考えて「県」の方針をリーダーシップをとってもらいたいと思います。

曖昧な表現で、何かあったら民間に、というのは良くないですね。

今回は留学中の話を。 私はフィラデルフィアにある Cardiovascular research center(直訳すると、心臓血管研究センター)に留学しました。 海外旅行は大学生の頃に安い宿で泊まったものでしたが、今思えば安全性を考えた方が良かったかな、と。 海外旅行に行くと私の友人がある程度英語ができるので羨ましく思っていました(その後彼はスペイン語を日本でマスターします、「世界で最も使われている言語だから」、と) 私も英語ペラペラになりたい。 しかしもう40歳手前、子供もいるし仕事をほったらかして語学留学なんぞできない、ということで、当時英語論文を「書く」時に困っていた基礎研究の部分を留学で学べば無駄にならないな、と考え子供の英語教育のためにも留学を決意しました、期限は1年間。さて、推薦書は徳島大学の教授が2人作ってくれて、まずは2人の推薦書、はクリア。問題はどこ、に留学するか、です。迷わず米国を選びましたが、それが募集をだしていたのが米国が多かったのと、漠然と「ロッキー」という映画が好きだったので、フィリー(フィラデルフィアのことを米国人はフィリーと呼びます。高知市のことですね、県はペンシルベニア州、です)に決定しました。 マウスを使う実験から、流行りのPCR検査、細胞を育ててウイルスに感染させる実験などです。

TAO(タオ)さんという中国人がいました。マウスの実験などは初歩で単純作業が多く、そこを通過しないとcell line(細胞班)にはなれません。 マウスを扱う部屋で遅くまで仕事をしているのは米国人ではいません。 彼らは15時には帰路につきます。 17時に帰宅するのが怖いこと、トラブルに巻き込まれることを知っているからです。 私は仕事が終わらないと帰れないな、と思い20時まで残っていたこともあります。 途中からそういう危険なことはやめるようにしましたが。 タオさんは2人きりになったときに話しかけて来ました。 「名前は?」「ヤマト フクダ です」「ヤマト(あまり愛称、ニックネームがつけられませんでした。しいていえば、住んでいたアパートの管理人から、ヤマー、と呼ばれていましたが) お前は日本にいつ帰るんだ?」「1年後です」「そうか、俺はここにいたい、中国に帰りたくない、永遠に(forever)」と。「フォエヴァー」という言葉はこの1回しか1年で聞きませんでした。日本ではGrayの曲でありますが、まさかタオさんから聞くとは思いませんでした。「公安に逮捕されるなら、家に隠してある青龍刀をもって家族と一緒に逃げるんだ。でないと逮捕されると殺されるからね」と。中国人の本音(全員がそうではないでしょうが)が聞けた瞬間でした。 ただタオさんは永住権をもっていません。 どうするのか尋ねたら、「米国人と結婚するんだ」と。 しかしお世辞にもタオさんは170cmもおそらく身長はなく、ずんぐりした体型で、イケメンとも思えません。1年以上マウスの研究ばかりさせられていることからもあまり優秀ではなかったのかもしれません。 連絡先は聞いていませんが、果たしてタオさんはどうなったのか?
米国もですが、中国はさらに治安が悪いのです。 日本は恵まれています。 今思えば、海外に住んだ、という経験は非常にいい財産であり、親父の夢でもあったので、私の代で実現した、とも言えます。 1年間、仕事をしないでもいい、という時間があればあなたはどうされますか?

 

私が恩師と呼べる医師のなかでも最もお世話になったのが、心音の世界では日本で1番と言っても過言ではない、福田信夫先生です。心音と心エコーはかなり似ていて、徳島大学では心音図学の班のトップが福田信夫先生、心エコー図班のトップが大木崇先生です。大木崇先生は日本の心エコーの教科書2つのうち「通」が好む方の教科書を書いた方です。東大、阪大、徳大はその当時心エコーでは世界を相手に戦っていたのが論文でも分かります。大木先生が初めて本を出版されたのが大学院生のときで、30歳頃だと聞きました。その本は絶版になっていますが、コピーしたものが残っていて、それを製本化している医師もいるほどです。さて本格的に教科書を書き、改訂版がでたときに、私も教科書を選ぶ際に徳大だからという理由ではなく、「この本は一生使うな」と思い書いました。 ちなみに、今も昔もE/e`という値が心エコーでは大事ですが、e`はもとはEwで大木先生が世界にだした数値です。米国の先生がEをeで割る数値、E/e`がバズったのです。この時に大木先生に海外から手紙が来たそうです。心エコーで心機能だけをみるなら、EFとE/eだけでも構わないくらいです。EFは一つの値ですし、E, e`もそれぞれ一つの値とすれば、日本で1つの値を編み出しているのです。 その人が書いた本が面白くないわけがない、と感じた次第です。

大木先生と福田先生は大木先生の方が先輩になりますが、非常に仲が良く福田信夫先生の名著「心疾患の視診・触診・聴診」の監修を大木先生がされています。私が京都日赤の時に最初に買った本が、つまり医師になって最初に買った本でもあります。月間「血圧」にも掲載されましたが、ボロボロになるまで読み込んで、善通寺病院派遣となり、まさかそこでその本の著者の先生から直接指導をいただけるとは思いませんでした(めちゃくちゃ読み込んで、ページが落ちてしまい、テープで止めたりしていたのを見た福田先生が、新しい本を着任日に下さいました)
心音図は今や習うことはできません。しかし私は習うことができました。リモートの社会になってきました。患者さんが離れていても、聴診で心音をだす機械は私が作ろうとして失敗したのをベンチャー企業がもうすでに出していますが、心音図はすぐに出せるでしょう。今までの技術があるから。そうすると、聴診ではわからなかった、聞き逃した音が、記録に残るので、病気がわかります。肺塞栓、心不全、大動脈弁狭窄症や僧帽弁逆流症(は悪さの程度まで)です。
何事も経験、そして、きちんと教えてもらい、きちんと勉強すること、ですね。 独学ほど危険なものは医療においてありません。

奇数月の最終日曜日の朝刊に掲載されます。新聞の決まりごとや、その記事内容の独自ルールで、医療機関として他より有利であることは書いてはいけない、や、医療機関への誘致内容(どういうことかというと、当院に来院してください、は駄目、ということです)は記載できない、ということで、私は逆張りで常に一般的なことばかり書いてきましたが、あるときに一回普通のことを書いてみたら(確か、「香川の医療センターでは内科医として様々な経験をし、循環器内科医としてはカテーテル治療、エコー検査の最終責任者であった経験をいかし」と書いたときに、他院より優れているという文章だから駄目だ、となりました。事実ではありますが、頑張らない医者や頑張らなかった開業医はそういう記事を書くことができないのです。 「あいつ、頑張ったって、、、嘘だろう」と言われるのが怖いからです。

新聞記者には医療のことは分からずに小難しいガイドラインなどを見るように添付されたPDFを読んで、実際の掲載をみて、毎回「誘致」の内容にならないのか? という文章を聞いてみたら「グレーゾーンで、大丈夫としている」という回答がきてびっくりしました。 人によって対応を変えているのです。 そこで担当を変えてもらうようにしました。

人によって対応を変える組織、ですが、高知は7-8割以上が新聞は高知新聞を購読している県なので仕方ないですね。

田舎だな、と思うのは良くても、既得利権が激しい閉鎖空間だな、と思う瞬間が最も違和感を感じ、住みにくいな、と思います。