TEL:088-845-0808/高知市一宮東町5丁目5-13


  • トップ
  • 一宮きずなクリニックブログ
一宮きずなクリニック

数年前から、高知県では「安心ネットワーク」というものがあり、これに参加している大病院、診療所では、患者さんの同意があれば、個人情報が「有事の際」でなくても閲覧できる、というものです。

建前は2つあり、有事の際、大きな病院に行けばその人の情報が薬手帳などがなくても大丈夫、ということと、普段でも病名や病気の情報などをかかったことがない病院でも閲覧できるので紹介などがなくても夜間の救急で大病院かかった時に役に立つだろうということです。

ただし、海外では、病気も含め個人情報が非常に大事、とされ、癌の告知をされなかったことで余命がわからず、被害を被った、という訴訟もあるほどです。

安心ネット というネーミングも 良いようですが、但し書きをつけるべきでしょう。 個人情報がもれない、ということが100%保証されることは断じてありません。 数年たっても高知市の診療所は8%の参加になっていますし、その診療所の中でも何人の患者さんが登録されているかは知らされていません。 登録だけして、患者さんは参加してない場合もあるかもしれません。

市の説明会はすごく曖昧で、本当に患者さんの個人情報が守られるのか疑問点がかなり危惧されます。 運営している人たちもイマイチわかってないから、説明が曖昧になるのでしょう。 現時点では「もっと」いい方法、を、私が市の担当者なら作ります。 8%などという数字にはならないようなものを。

市の役人は海外の事情から今後の日本人の考え方、今後変わりゆくインターネットの状況などを考慮するべきですが、あくまで災害が起きた時に、としか考えていません。 もしかしたら、その情報をもって、高知市民の病気の状況などを知るすべにする可能性すらあるかもしれません。
ないよりある方が、患者さんにとっては良いかもしれません。 ただ、何事も慎重にことを進めるべきだと思っています。 「あなたの病名、誰もが知っていますよ」 では困りますよね?


風邪という決めつけをすること自体がまず問題です。 また風邪症状ほど難しい症状はない、という格言もあります。 2019年感冒症状できた患者さんに確実な2名心筋炎の方がいて、緊急で大病院に搬送しました。 髄膜炎の患者さんも1人いました。

風邪を診ない=風邪の診断をつけられない という 医療レベルです。

風邪(感冒、ウイルス性咽頭炎)は、その10%が細菌性とも言われています。 何人もみて、その後の経過をみることが経験になり、どうすればよくなるか、を医師として勉強するわけです。 喉の所見も視えない医師が名医のはずはありません。

感冒は症状があって、病院に来るのです。 救急をしていて、夜間もくることもあります。 そのときに、「寝てれば治る」という考えで、症状をとることもしないのは、非人道的とも言えます。

医師たるもの、患者さんの立場に立つことが重要だと考えます。

「風邪を診ない医者にはかからないこと」を、医療をするものとして、私の格言とさせていただきます。

 


私は日本でもかなり珍しい医師としての経歴を持っています(月間血圧 2018年9月号のインタヴューでも答えています) 現在医師国家試験に合格すれば、マッチングシステムという、まずは医局に入らずに、自分で研修したい病院を選ぶことになります。 私のころはこのシムテムがない時代で、ほとんどの学生が医局に属する、という選択をしていましたが、優秀な親友がいろんな病院を回って、一番いいところで厳しく勉強したい、と言っているのに感化されました。 結局「京都第一赤十字病院」に入り研修することに。 そのままその病院で消化器内科か循環器内科で就職するつもりが、家の診療所の都合で半年間だけ帰ることになりましたが、なかなか私以外の医師がみつからず、2年以上も福田心臓・消化器内科とハートフル・クリニック(四国で初めての往診専門の診療所、今は福田内科と一緒になっています)で勤務しながら、実は同期や後輩がどんどんと成長するのを電話で聞いて焦っていました。 しかしこの経験が大きかったのです。 最前線で働いているのは実は開業医でもあり、開業医が困るポイントが分かりました。 どんな2代目の医師でも大きな病院を回って、最終的に実家に帰る、という手段をとりますが、私はその逆だったのです。 4年目になり、「医局」に入ろう、と思ったのは、「専門医」が重要視されていた時代でしたが、当時から「どうせ意味のない専門医制度にそのうちなる」と思っていたらまさにその通りでした。 専門医は患者さんを信用(時にはごまかす)させるだけのもの、また維持には点数がいるので、学会運営費になっているだけ、でした。 そこで「医学博士」という称号は決して消えない信用できるもの、だと思い、徳島大学の第二内科に入局をしました(実際は医学博士の中でも、自分で論文を書かなくても大学院に入ればなれることを知って(卑怯なやり方です)愕然としましたが、、、) 高知大学ではなく、徳島大学を選んだ理由は2つあり、当時の第二内科は47都道府県で唯一循環器と消化器が一緒になっている医局だからで、自分にあっている、というのと、今はだいぶ変わりましたが、循環器のジッツ(支配下病院)が、徳島大学と岡山大学が高知市内、市外が高知大学、という構図だったことです。 結局私は高知の大病院で働かずに開業することになりましたが、1年間だけ顔見せする働き方は小狡い感じがして嫌でした。

さて、大学の医局に入り、非常に細かなことが求められるようになりました。 結果はもちろんプロセス重視。 毎週の教授回診(その前の3時間くらいかかるプレゼンテーション)だけでなく、数チームある中でのミィーテングが厳しかったです。 木曜日に教授回診があるので、水曜日(もう木曜日になりますが)26時まで病院に残っていました。 この過程が苦しかったのですが、本当の大学病院での人を治すための仕組みがわかりました。

その後、2年毎に各地のジッツをまわるわけですが、私のオーベン(直属の上司)が務めていた、現:四国こどもとおとなの医療センターに行くことになりました。 4つ候補があったのですが、決め手は「循環器のすべてのスペシャリストがいること」「内科枠で最初はスタートすること」「徳島大学と共同研究をする架け橋の役割に任命されたこと」「臨床研究部があること」でした。 その選択は間違っていませんでした。 開業医の気持ちがわかる医師として大学病院、最終拠点病院で働いていると、開業医の先生の気持ちも分かるし、自分が開業したときにどんなことが出来るか、を逆算して研修しました。 2年間ではなく、循環器内科に昇格し、心臓リハビリテーションセンター長にもなり、臨床研究を、病院、大学病院、自分で組み立てた研究のすべてが、日本循環器学会の口述(当時はかなり厳しく、3割弱(口述だともっと低いと思います)通る)のが、3つとも採択され、忙しかったです。 私が指導、心エコーを撮ったものを、技師さんに指導して、心エコー図学会では、優秀賞もとりました。
結局、私自身も勉強になる、ということや、病院にとって「あらゆる面で使いやすい言うことを聞く」医師だったので、5年間働くことになりました。 大学病院から数えて7年弱は、バスタブに浸かったことはありません。 シャワーでPHS、携帯が聞こえるように半開きにしていました。 50歳で何の目標も持たず、医療をしているだけの医師よりも、30代でしたが、医療技術も優れていた面もあったと思います。

医師は、記憶力、つまり学歴社会でなることができます。 しかし、その後も同じような勉強法では全く意味はありません。 私は「判断力」を鍛えることを、今も重要視しています。 そのために生涯勉強が必要なのです。

 


私は今まで私だけが執筆した医学専門書を医学出版社が売る、とう形態で、2冊だしています。 2013年と2015年です。 自分自身はある程度予測はしていましたが、実際に驚いているのは、未だに生き残って出版社が絶版としてないこと、です。 1冊の本を書いて出版までかかる時間は私の場合2年です。 3.11の未曾有の大震災時、私の大学時代の友人、後輩が東北地方にいたことや実際に震災と直面していることから、なにが出来るか? と思ったことと、自分自身の考えをまとめてみたい、と思った2つの思いで出版に漕ぎ着けました。 未だに売ってくださっているのは、「日本のグラフィック・メディスンの走り」かもしれない、という再評価だけでなはく、自分が書いたにもよらず、自分で読み返すと、「間違いがないこと」、「なるほど」と思ってしまう全く新しい勉強法が書かれているからかな、と自画自賛してしまいます。

今年の8月に違う会社からまた本が出る予定ですが、この本を書くのに、お話をいただいてから3年かかることになりそうです。 私が出す本は、医学書であれなんであれ、推理小説調で、恋愛要素が入り、犯人当てや、観光しているかのような感覚におちいるように書くようにしています。 そのため時間が非常にかかってしまいます。

ただ、なによりも本を書いていて思うのが、「相当勉強しないとな」ということです。 「間違いがないこと」は当たり前で、「新しい発見」がないと、売れないから、です。 今回もすべて本の売り上げは寄付とさせていただくつもりですが、それも自分に課したルールです。 一つのことばかり考えないと、本など絶対に出版できない、と自分自身では思っています。 なんでも出来てしまう人、がたまにいると思いますが、そういった人こそ勉強しているのを隠している、と思っています(稀に本当の天才、がいますが) それを本にすると、自分の考えがバレてしまう、ということもあると思うのですが、34歳の当時は、自分のように医者になるのがゴールで、医者になったらその仕事の大変さに驚愕した、という人が読んだら、より質の高い医療への近道になるだろうな、とできるだけ基本中の基本から書いたつもりです。

次回の本は第1章がまるまる、「あいさつ」の重要性だけ書いています。 心エコー検査をする前の挨拶の重要性などを書いています。 私自身が教わってきて、そういうことを教える医師がすごい! と感心したからです。 技術だけを教えるのではなく、医療人としての心構えが重要だと思ったことを書きたい、と思ったことでした。


「風邪症状で来院された場合が一番難しい」ということを教えられて来ました。

もちろんその場で隠れている病気を見つけ出すことは難しく、経過を見ることも必要です。

つまり、風邪(感冒)と「決めつけ」ることがまずは前段階として間違っているのです。

さらに、抗生物質(抗菌薬)をださないことが前提、という誘導的な考え方にさせる、治療のフローチャートが「謎」です。 その中に、肺の音を聴く、という内容がないのです。 つまり聴診しない医師がつくったものか、聴診は意味がない、という根拠があって(ないと思いますが)作られたもの、です。

実は抗生剤を使わないようにする国の方針は、他国からの圧力で、政府がやっと重い腰を上げて作ったもの、です。 なので、あまり良いものではない、と思っています。 実際に学会でも、意見が真っ二つに分かれます。

「不適切な抗菌薬の使用は控えよう」は当たり前ですが、どうも、「抗菌薬をださないことが前提」として、ガイドラインが作られています。

私はそのガイドラインは練って練って作られたものとはとても思えないので、そのガイドライン通りが正しいともおもいませんので、ガイドラインの「先入観」にとらわれず、逆転の発想で物事を考えています。

感冒症状で来られた方に、具体的に「○日後に良くなってなければ再診して採血、レントゲンが必要かもしれません」という一言は重要です。

さらに、逆転の発想とは、極論(感染症だとして)「抗菌薬をだすことを前提」として、根拠が揃えば、ださない、とした方が、医師も勉強するでしょうし、なにより大事な、「適切な時期に、適切な抗菌薬を遅れずに処方すること」に繋がると思います。

90%がウイルス性だから抗菌薬は必要ない、の根拠も不明ですが、逆にいえば、10人に一人、感冒症状で来られた方は細菌性ともとれます。 基礎疾患の有無にも注意が必要ですが、あまり重要視されてないのが現在のガイドラインです。


ページ上部へ